people walking along city streets

 

2019年頃から香港にて、デモ活動が活発に行われていました。 

この香港という場所は非常に変わった特性を持った地域です。 

そんな香港でデモ活動が勃発しました。 

デモ活動の様子はテレビで毎日のように報道されていました。 

そして、新型コロナウイルスでパンデミックが起こりました。 

香港も経済の中心地のため人口は多いです。 

例に漏れる事なく、パンデミックの被害に襲われました。 

その間に、デモ活動の報道は少なくなっていました。 

しかし、デモ活動がなくなってはいません。 

そして、今もデモ活動は続けられています。 

つまり、今でもデモ活動を通して香港人たちは政府と戦いをしているわけです。 

私たち日本人にとっては外国での出来事です。 

そのため、直接的に関係があるような話ではないように感じてしまいます。 

しかし、同じアジアに住む香港人たちの話です。 

いつか、この恐怖が私たちを襲ってくる日がくるかもしれません。 

今回は、香港のデモ問題について解説していきます。 

 

そもそも香港とは 

 

gray boat on body of water near high-rise buildings

 

中国の南部にある特別行政区です。 

一国二制度と呼ばれる制度です。 

中国という国家は共産党によって統治されています。 

中国の一部である香港に対して、中国本土とは異なる制度を適用する事が出来る制度です。 

つまり、香港は中国の一部ではあるが中国政府の制度が適応されない地域なのです。 

そのため、香港では、中国で認められていない言論や集会の自由などを認められています。 

中国では、香港は異色な地域性を持った地域となります。 

では、何故このような地域になっていったのでしょうか。 

  

香港の歴史 

 

white and blue bridge under blue sky during daytime

 

今は、デモ活動が行われているため危険なイメージがあります。 

しかし、本来は香港といえば発展が著しい地域というイメージです。 

実際、世界の金融の中心地を担っていたりします。 

このようになって行った経緯が歴史の中にあります。 

歴史の中で、中国とイギリスが大きな戦争を起こします。 

アヘン戦争と呼ばれる出来事です。 

当時のイギリスは大英帝国と呼ばれる世界の覇権を握る大国でした。 

そのため、戦争の結果も大英帝国に軍配が上がります。 

その際に、植民地を中国から奪い取ります。 

香港は、その奪い取った土地に大英帝国の植民地として設立されます。 

その後、世界最強国家の大英帝国の管理下で発展を遂げていきます。 

香港は、非常に優れた港でした。 

場所も海域の治安、水深も十分でした。 

その結果として、あらゆる貿易の中継地点としての役割を担いました。 

そこから、香港は工業化に成功します。 

結果として、中継地点から加工貿易港へ産業を移行していきます。 

さらに、アジアの都市へのアクセスは非常に良いです。 

北京、東京、上海、台北、シンガポール などのアジアの都市まで飛行機では4時間以内で行けます。 

そのため、今では香港はアジア経済の中心となっています。 

  

イギリスから独立 

 

architectural photography of brown and gray house

 

香港の歴史の転換となった出来事はイギリスからの独立です。 

世界大戦が終わり、平和な時代へと進んで来ました。 

そのような時代に植民地は排除されていきました。 

結果として、イギリスは香港から手を引くことになります。 

そして、イギリスは香港を中国へ明け渡す事になります。 

しかし、当時の中華民国ではなく中華人民共和国が覇権を握っていました。 

そのため、様々な交渉を得て、条件をつけての香港返還になったのです。 

その条件こそが「一国二制度」です。 

しかし、この独立が香港人の悪夢の始まりになったのです。 

  

中国という国家 

 

close up photo of blue desk globe

 

GDP、世界第2位という大国です。 

今では、アメリカと肩を並べて世界の覇権を争っている国家です。 

この国家は民主主義の国家ではありません。 

そのため、根本から全て民主主義の国に暮らす私たちとは異なります。 

まず、言論・集会の自由がありません。 

自由に自分の思想を口にする事が禁止されています。 

政府を批判した日には逮捕されてしまうような国家です。 

自由に集会をする事も出来ません。 

集会が出来ないという事は政党を作る事も出来ません。 

実際、中国には中国共産党以外の政党はありません。 

そのため、中国の政治は中国共産党によって全て決定されています。 

簡単にいうと中国共産党の独裁体勢なのです。 

   

中国の目的 

 

people at Forbidden City in China during daytime

 

根本的に全てが異なる国家が中国です。 

そして、何かと問題行動ばかりするのが中国です。 

中国が、そのような行動をする目的は何なのでしょうか。 

「一帯一路」 

一帯とは、中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパへと続く陸路を指します。 

一路とは、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸を結ぶ海路を指します。 

この「一帯一路」を手にする事が中国の目的です。 

実際、この発言は中国政府から発表されています。 

しかし、この「一帯一路」の範囲は上記の陸路と海路で本当に正しいのか。 

本当の計画は、もっと広い範囲を指している可能性も十分に高いです。 

もはや、「一帯一路」は「世界征服」と同義語かもしれません。 

この活動の一部に今巻き込まれているのが「香港」です。 

  

逃亡犯条例 

 

high-angle photography of stair

 

2019年に事件が起こりました。 

この条例は「犯罪人の引き渡しに関する協定」です。 

中国や台湾、マカオが香港に対して犯罪事件の容疑者の身柄引き渡しを要求出来るようになる協定です。 

もし台湾人が香港で事件を起こしたとします。 

すると、香港によって身柄を拘束されて香港で裁かれます。 

一見、何も問題がないような条例に思えてしまいます。 

しかし、もしこれを認めたら大変な事になります。 

香港では中国政府を批判する事が許されています。 

何故なら、言論の自由があるからです。 

しかし、中国はイチャモン付けて香港で中国政府を批判した人物の身柄引き渡しを要求する事が出来るようになります。 

条例だから、香港は中国に引き渡しをしなければなりません。 

これでは、言論の自由が香港からなくなっています。 

これでは「一国二制度」の意味がなくなってしまいます。 

だからこそ、政府の意見をするデモ活動が勃発したわけです。 

  

国家安全法 

 

 

突然、中国によって香港に導入される事が決定されました。 

国家安全法は以下のような事があった際に発動されます。 

  • 国家分裂 
  • 政権転覆 
  • テロ活動 
  • 外国の干渉 

このような出来事が香港内で怒ったら国家安全法が執行されるわけです。 

ここで抑えるべき点は、香港の政府は完全に中国共産党です。 

つまり、香港人によって香港政府(中国共産党)が危機に陥った時に執行される仕組みになっています。 

政権転覆やテロ活動はデモ活動を終息させる事が出来ます。 

このように終息をさせて香港から一国二制度を奪い取ろうというのが中国共産党の狙いです。 

そのために決定された条例です。 

 

まとめ 

 

 

香港は中国の一部ではあるが中国ではありません。 

元々は、中華民国でありました。 

その後、歴史の渦の中で大英帝国の支配下に入りました。 

そこで貿易によって大きく発展をしました。 

世界大戦後もしばらくはイギリスの傘下にいました。 

そういった歴史の中で、非常に自由に生きてきたのが香港人です。 

その中で、香港は栄光的な繁栄をしてきました。

そして、平和が訪れて香港は独立を果たします。 

この独立が香港の歯車を狂わせ始めました。 

そして、中国共産党の身勝手な政治に対抗するためにデモ活動を開始しました。 

正に、生命掛けで自由のために戦っているわけです。 

しかし、そんなデモ活動もテロ活動や政権転覆などとイチャモン付けて取り締まろうとしています。 

このような理不尽を平気でしてくるのが中国共産党です。 

非常に恐ろしい国家です。 

そして、私たちは日本に住んでいます。 

世界征服を企んでいるかもしれない中国はいつか日本にも手を伸ばしてくるかもしれません。 

事実、香港だけでなくウイグルやチベットといった国家には悪魔的に介入しています。 

もしかしたら、香港は私たちの将来の姿かもしれません。 

 

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About Martin

Study Abroad in the U.S.

本場の自由を知る。 

自由の国に住み、西洋の価値観に触れました。

今までの日本で培った価値観とは大きく異なったものに触れることにより、様々なことを学びました。

生まれ故郷の東洋の価値観と第二の故郷の西洋の価値観を混ぜ合わせる・組み合わせることによって、より良い自分になることを目的に活動しています。