book lot on black wooden shelf

 

世の中には、答えのない問題がたくさんあります。 

時に、難解な問題に直面します。 

その時は、非常に苦しいです。 

そのような問題を解き明かして文明は進んできました。 

そして、今は時代が変わろうとしている時代です。 

時代の節目に直面する問題は一味違う難解さがあります。 

何故なら、問題が今までの常識になるからです。 

つまり、当たり前への挑戦です。 

この原点帰路が時代を大きく変えてきました。 

この常識に対して「本当にそうなのか?」というスタンスをもつ時代です。 

そんなスタンスで数々のモノを変えてきた学問が哲学です。 

今回は、歴史の中の哲学を紹介していきます。 

その中に、次の時代のためのヒントがあるかもしれません。 

   

古代の哲学 

 

selective focus photography of Aristotle's Metaphysics book

 

私が生まれるずっと前から哲学は存在しました。 

この古代の哲学の中でも現代まで残っているモノがあります。 

それが「無知の知」です。 

ソクラテスが提唱した言葉です。 

意味としては、自らの無知を認識する事です。 

世界は広いです。 

そのため、どんな天才であろうとも知らない事に溢れているといった意味です。 

つまり、知らない事があると認識する事という事です。 

世の中の賢者たちは、常人に比べて賢いです。 

しかし、彼らは間違いなく「無知の知」を持っています。 

「無知の知」があるからこそ、そこに「知的好奇心」が湧いてきます。 

実際、ソクラテスは当時の天才でした。 

ソクラテスの周りにいる人は、ソクラテスが知らないモノはないと信じていた程です。 

しかし、ソクラテスは「無知の知」を持っていました。 

そして、より多く深く知りたいと考えるわけです。 

そんな偉人たちが時代を押し進めて来ました。 

  

近代の哲学 

 

grayscale photography of monkey sitting on grass

 

近代になるとより複雑な社会となります。 

いろいろ考え過ぎて、あらゆるモノの存在すら怪しい事に気がつきます。 

自分という存在が本当に存在するのか。 

自分が見ているモノや触れているモノも本当に存在するか。 

つまり、夢なのか現実なのか、そもそも「人間」とは存在するか。 

実際、100%証明する方法はないでしょう。 

そこで生まれた哲学が「我思うゆえに我あり」です。 

デカルトという哲学者によって提唱された言葉です。 

一切にモノに確証はありません。 

完全に存在するという証明をする事が出来ないからです。 

そんな中、あらゆる事を考えている自分は確実に存在するという事です。 

つまり、不確実なモノの中にいるが確かに意志を持って考えている自分という存在は確実に存在するという事です。 

これは、人間という存在が確実であるという事を証明した哲学です。 

  

現代の哲学 

 

yellow and black paper cup

 

現代になるとあらゆるモノが化学によって証明されて来ました。 

しかし、昔から信じられて来たモノは間違いであっても否定して来ます。 

その代表例が宗教です。 

大きく間違いがないにしても、間違いはあります。 

全て正しいモノなど、そもそも世の中には存在しないからです。 

ところが、昔も今も宗教は正しいというのが常識です。 

そんな中、型破りな哲学者がいました。 

それがニーチェです。 

彼が提唱した言葉は「神は死んだ」です。 

今まで絶対的存在とされてきた神を真っ向から否定したのです。 

ニーチェの論理から言うと、神による救済に疑問があるからです。 

もし本当に神が存在するなら、悪はなくなり善だけの世界になります。 

しかし、一向に悪はなくならないのです。 

その上で、彼は「超人」と言う言葉を残しました。 

簡単に言うと、強くて力を持った人間になる事が正しいとする事です。 

実際、権力を持った人間によって集団は統治されます。 

それによって混沌になりそうですが、事実として平和になった集団があります。 

今の日本の形も正にここにあるのではないでしょうか。 

   

常識のその先 

 

black and white book page

 

「天才が知らないモノはない」 

古代では、確かにこれが常識でした。 

しかし、天才も知らないモノが実際に存在しました。 

その常識を打ち破ったソクラテスから「無知の知」が生まれました。 

そして、あらゆる天才に大きな影響を与えました。 

「人間は神によって創造された存在」 

キリスト教が大きな力を持っていた時代の常識です。 

この常識について考えてみましょう。 

神に会った事がある人は少ないでしょう。 

つまり、不確実な存在から生まれた人間もまた不確実になります。 

しかし、デカルトは人間が存在する確証を発見しました。 

つまり、「神がいて、人間がいる」という常識を破り捨てました。 

「神の救済」 

ニーチェは「神は救ってくれない」と提唱しました。 

そして、より強い人間・力を持った人間が正しいと唱えました。 

一見、悪魔的な発想です。 

しかし、力による統治が時代を大きく進めて来ました。 

この哲学が今の「資本主義」に繋がっています。 

 

 

まとめ 

 

 

常識は、どの時代にもあります。 

今の時代にも常識は存在します。 

その常識を歯向かって進むとおかしい人だと思われます。 

そのため、常識でしっかり考えて行動をします。 

しかし、本当はそうではないのです。 

常識を打ち破る事に価値があるのです。 

常識という危険物を触った事によって時代は進んできました。 

今、私たちが持っている常識に勇気を持って触る事が正解になるかもしれません。 

 

Categories:

Comments are closed

カテゴリー
About Martin

Study Abroad in the U.S.

本場の自由を知る。 

自由の国に住み、西洋の価値観に触れました。

今までの日本で培った価値観とは大きく異なったものに触れることにより、様々なことを学びました。

生まれ故郷の東洋の価値観と第二の故郷の西洋の価値観を混ぜ合わせる・組み合わせることによって、より良い自分になることを目的に活動しています。