「黒船来航」 

日本の歴史が大きく変わった出来事です。 

この出来事をきっかけに日本は世界史へと参加していく事になっていきます。 

当時、日本は徳川幕府による統治でした。 

しかし、それでは諸外国を打ち払う事が出来ないと考え倒幕を志す侍たちが出て来ます。 

それが、攘夷志士と呼ばれる人たちです。 

そんな人たちが幕府を倒していく時代を「幕末」と呼びます。 

 

「坂本龍馬」という歴史上で最も人気がある人物がいます。 

この人物が活躍した時代こそ幕末です。 

非常に変わった人物です。 

幕末に活躍した人物ではありますが、他の歴史上の人物とは異なる活躍の仕方をします。 

まさに、ベンチャー起業家のような活躍をします。 

しかし、この活躍がなければ歴史が変わっていたかもしれません。 

今回は、坂本龍馬のビジネスを学んでいきます。 

歴史の話ではなく、今にも生き続けている話です。 

そして、今後を生きていかなければならない私達にも役に立つ教えが隠れているかもしれません。 

 

海外からの危機 

 

white and black braille machine

 

「黒船来航」を間近で体験したとされています。 

当時の日本人の発想では考える事が出来ないような出来事が目の前に起こりました。 

なぜなら、蒸気船によって異国人がやって来たからです。 

さらに、世界のトレンドは帝国主義です。 

強国は、様々な国家を植民地にして統治しようとしているわけです。 

もちろん、相手は日本を植民地にする計画をしているわけです。 

そうすると、日本の将来を憂いて行動する人々が出て来ます。 

坂本龍馬もその一人です。 

「日本から外国を追い払おう」という考えの集団が各地に生まれます。 

いわゆる「尊王攘夷」です。 

そのために、外国に屈した幕府を倒そうと考えるわけです。 

坂本龍馬も最初は攘夷派として活動をしています。 

その後、坂本龍馬は様々なメンターと出会います。 

その出会いが坂本龍馬を大きく変えていきます。 

一番有名な人物は「勝海舟」です。 

力で外国を追い払おうとする考え方から「諸外国と対等になる」という考え方へ変わっていくのです。 

そのため、海軍や貿易などの商業へ力を注力していきます。 

   

日本初の商社 

 

cargo port crane

 

「諸外国と対等になる」 

このために、坂本龍馬は様々な活動をします。 

その中でも「ビジネス活動」には大きな功績が残っています。 

ビジネスは、世の中に足りないモノを提供して報酬を得るのが基本です。 

足りないモノが日々提供されているわけです。 

つまり、ビジネスが長く行わればどんどん豊かになっていきます。 

坂本龍馬は「亀山社中」と集団を結成します。 

「日本初の商社」と呼ばれています。 

当時、銃器に大きな需要がありました。 

倒幕活動に必須のモノだったからです。 

ただ、貿易して国内で売りまくるので歴史に名前が残りません。 

坂本龍馬という人物は、ビジネスを上手く使いこなして歴史を動かしたから名前が残っているのです。 

倒幕が達成された最大の要因は「薩長同盟」です。 

薩摩藩と長州藩はお互い大きな力を持った藩です。 

しかし、お互い犬猿の仲で交わらない関係性でした。 

そのため、お互いに歩み寄る事が出来なかったが「倒幕」という同じ志は持っていました。 

 

実際の仲介 

 

man in blue jacket standing beside man in blue jacket

 

長州藩と和解と望んでいたのは薩摩藩でした。 

しかし、長州藩は薩摩藩に恨みを持っているため聞く耳も持ちません。 

そこで、坂本龍馬が登場します。 

長州藩が欲しっているモノは何かを薩摩藩に伝えるのです。 

長州藩は、幕府からの制裁を受けていました 

そのため、銃器を買い付ける事が出来ませんでした。 

坂本龍馬は、長州藩のために薩摩藩が代わりに銃器を買い付ける事を提案します。 

そして、そのまま長州藩に送る事を条件に薩長同盟を結ぶ提案します。 

つまり、薩摩藩にお金を出させて、銃器を購入して、薩摩藩の祈願の「薩長同盟」を実現する。 

長州藩には、倒幕に必須の「銃器」を渡す。 

これによって、お互いが「Win-Win」になるわけです。 

ついでに、銃器の買い付けは亀山社中で行って儲けを受けるわけです。 

これによって「薩長同盟」が締結されました。 

その後、倒幕を実現させ、日本史を大きく変えました 

  

海援隊になり、今へ 

  

white and black striped textile

 

亀山社中は、海援隊という名前に変わります。 

海援隊は、日本初の株式会社と言われています。 

つまり、今の社会にある企業の基礎の基礎となった集団だったのです。 

そして、商社のような機能を持った集団から海軍のような機能を持った集団へと変化していきます。 

当時、海軍こそが国力の象徴です。 

日本の将来を本気で考えていた坂本龍馬の祈願の集団です。 

そんな志の中、坂本龍馬は暗殺されます。 

この出来事の結果、海援隊は解散となります。 

しかし、坂本龍馬の意志は、岩崎弥太郎という人物が受け継いでいきました。 

解散となった海援隊のメンバーを召抱えて、新しい企業を作っていきました。 

その企業の名前が「三菱」です。 

その後、時代を代表する三菱財閥の前身とする集団です。 

現在では、三菱グループになっております。

「三菱商事」

「三菱重工」

「三菱電機」

「三菱自動車」

「三菱UFJ銀行」

上記のようなそれぞれの大企業へ分裂しています。 

それだけではありません。 

海運業を担って世界の海を駆け巡っていた集団がありました。 

そもそもの海援隊のメインの業務です。 

岩崎弥太郎によってさらに大きな集団となっていきます。 

そして、現在では「日本郵船株式会社」となっています。 

  

まとめ 

 

歴史の人物として名を残している「坂本龍馬」です。 

どの人物よりも人気が高いです。 

しかし、歴史上の功績としてはあまり多くありません。 

むしろ、一つとして大きな功績があるでしょうか。 

坂本龍馬は正に「仲介」によって歴史を変えていった人物です。 

「人と人を繋げる」

決して交わらない者同士を上手く交じるように交渉していく。 

結果として、坂本龍馬が本来実現できなかった事を次々と実現させます。 

そして、歴史を大きく変える「明治維新」へと時代を進めたのです。 

奇しくも、暗殺によって人生を終えてしまいます。 

しかし、その後も彼の意志は途絶えませんでした。 

意志を引き継いだ人物によって坂本龍馬の夢は達成されました。 

そして、今も日本を代表する企業として残っているわけです。 

 

時代は、今一度変わるかもしれません。 

正に「黒船来航」が起こったあの時のように。 

今後の未来を生き抜くためには「変化」しなければなりません。 

そのために、今こそ坂本龍馬からヒントを貰えるかもしれません。 

 

 

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About Martin

Study Abroad in the U.S.

本場の自由を知る。 

自由の国に住み、西洋の価値観に触れました。

今までの日本で培った価値観とは大きく異なったものに触れることにより、様々なことを学びました。

生まれ故郷の東洋の価値観と第二の故郷の西洋の価値観を混ぜ合わせる・組み合わせることによって、より良い自分になることを目的に活動しています。